大川周明
おおかわ しゅうめい(Shumei Okawa) A級1886年12月6日 – 1957年12月24日 /山形県 /右翼・団体
大川周明(1886–1957)は、昭和期の国家主義者・右翼理論家。満鉄(南満州鉄道)の調査機関に勤め、大アジア主義の理論的指導者として国家主義運動を主導した。[1]
北一輝らと猶存社を結成し、三月事件・十月事件に関与、1932年の五・一五事件では禁錮刑を受けた。[1]
軍人や官僚が多くを占めた被告の中で、在野の思想家として起訴されたが、審理中に精神障害を起こして免訴・釈放された。以後はコーランの翻訳などに専念した。[1]
戦犯としての位置づけ
- 区分
- A級戦犯
- 処遇
- 起訴後に免訴(訴訟能力なし)・釈放
- 巣鴨収容
- 1945年
- 釈放
- 1948年
戦前の経歴
釈放後の歩み
戦後日本への影響
戦前の日本の国家主義・大アジア主義運動を理論面で主導し、その思想は軍部の対外膨張や国家主義運動に影響を与えたとされる。[1]
関わった人物
- 北一輝 ― 猶存社をともに結成した国家主義者。[1]
写真
出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン(PD-Japan-oldphoto)) 原本
出典
本文中の [番号] は下記の出典に対応します。区分: 一次資料=公文書等/学術=論文・研究書/報道/一般書。
- [1] 一般書 コトバンク「大川周明」(日本大百科全書ほか) (コトバンク) リンク生没年・満鉄東亜経済調査局・大アジア主義・猶存社/行地社・三月/十月事件・五・一五事件での禁錮刑・A級戦犯容疑での逮捕と審理中の精神障害による免訴・1948年末の釈放・コーラン翻訳を確認
最終確認日:2026-07-09