橋本欣五郎
はしもと きんごろう(Kingoro Hashimoto) A級1890年2月19日 – 1957年6月29日 /福岡県 /政治・右翼・団体
橋本欣五郎(1890–1957)は、陸軍軍人・政治家。1930年に急進的な青年将校の結社「桜会」を結成し、1931年の三月事件・十月事件を主導した。[1]
三月事件・十月事件では、民間右翼の大川周明らの協力を得て、軍部政権の樹立をめざすクーデタを計画した(いずれも未遂)。[1]
1940年に大政翼賛会の常任総務、1942年に衆議院議員となった。敗戦後、A級戦犯として終身刑を受け、1955年に仮出獄した。[1]
戦犯としての位置づけ
- 区分
- A級戦犯
- 処遇
- 有罪(終身刑)・服役後に仮釈放
- 巣鴨収容
- 1945年
- 釈放
- 1955年
戦前の経歴
釈放後の歩み
- 1955
巣鴨拘置所から仮出獄した。[1]
戦後日本への影響
桜会を率いて三月事件・十月事件を主導し、軍部の政治介入と国家改造運動を急進化させた。戦前の日本のクーデタ未遂・国家主義運動の中心人物の一人である。[1]
関わった人物
写真
出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン(PD-Japan-oldphoto)) 原本
出典
本文中の [番号] は下記の出典に対応します。区分: 一次資料=公文書等/学術=論文・研究書/報道/一般書。
- [1] 一般書 コトバンク「橋本欣五郎」(日本大百科全書/ブリタニカ国際大百科事典ほか) (コトバンク) リンク生没年・特務機関での諜報・1930年桜会結成・三月事件/十月事件の主導・大川周明ら民間右翼の協力・1940年大政翼賛会常任総務・1942年衆議院議員・A級戦犯終身刑・1955年仮出獄を確認
最終確認日:2026-07-09