巣鴨と戦後日本

解放された戦犯たちの人物名鑑

第二次世界大戦後、東京・巣鴨の巣鴨拘置所(巣鴨プリズン)には、戦争犯罪の容疑者・受刑者が収容されました。 その中には、不起訴・釈放や刑期満了ののち、戦後日本の政治・経済の中枢に復帰し、 大きな影響を与えた人物が少なくありません。

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人物どうしの関係や、CIA・自由民主党・右翼運動などとのつながりは 相関図でも見られます。

収録人物(9名)

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鮎川義介 あいかわ よしすけ

A級

1880–1967 / 1947年釈放 / 経済・財界・政治

鮎川義介(1880–1967)は、日産コンツェルン(日本産業)を築いた実業家。日立製作所や日産自動車などを傘下に持つ一大企業グループを形成した。

青木一男 あおき かずお

A級

1889–1982 / 1948年釈放 / 政治・官界

青木一男(1889–1982)は、大蔵官僚出身の政治家。阿部信行内閣の大蔵大臣、東條英機内閣の大東亜大臣などを務めた。

賀屋興宣 かや おきのり

A級

1889–1977 / 1955年釈放 / 政治・官界

賀屋興宣(1889–1977)は、大蔵官僚出身の政治家。近衛文麿内閣と東條英機内閣で大蔵大臣を務め、戦時の財政・経済を担った。

岸信介 きし のぶすけ

A級

1896–1987 / 1948年釈放 / 政治・官界

岸信介(1896–1987)は、商工官僚として満州国の経済運営を担い、東條英機内閣で商工大臣を務めた後、敗戦後にA級戦犯の容疑者として巣鴨拘置所に収容された。

児玉誉士夫 こだま よしお

A級

1911–1984 / 1948年釈放 / 右翼・団体・政治

児玉誉士夫(1911–1984)は、戦後日本を代表する「フィクサー(黒幕)」とされる右翼運動家である。戦時中は海軍向けに物資を調達する「児玉機関」を率いた。

笹川良一 ささかわ りょういち

A級

1899–1995 / 1948年釈放 / 右翼・団体・経済・財界

笹川良一(1899–1995)は、昭和期の右翼運動家。1931年に国粋大衆党を結成し、戦時中は衆議院議員を務めた。

重光葵 しげみつ まもる

A級

1887–1957 / 1950年釈放 / 政治・官界

重光葵(1887–1957)は、戦前・戦中・戦後にわたり日本外交の中枢を担った外交官・政治家。東條英機内閣と小磯国昭内閣で外務大臣を務めた。

正力松太郎 しょうりき まつたろう

A級

1885–1969 / 1947年釈放 / メディア・政治・官界

正力松太郎(1885–1969)は、内務官僚から読売新聞社主・日本テレビ社長へ転じたメディア界の実業家・政治家。「大正力」「テレビ放送の父」「原子力の父」と呼ばれた。

星野直樹 ほしの なおき

A級

1892–1978 / 1955年釈放 / 政治・官界

星野直樹(1892–1978)は、大蔵官僚から満州国の運営を担い、東條英機内閣で内閣書記官長を務めた官僚・政治家。

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